この論争自体は新しいものではないのですが、現実問題として取り上げ始めたのはここ最近ですね。
私としては、この「論争」に対する「答え」を思いつくことができません。
まず、彼(オスカー・ピストリウス氏)は自ら望んで「人体改造」もしくは「ドーピング」等を行ったわけではありませんし、補助器具としての「チーター脚」も動力補助ではありませんから…
…いや「動力」がなくても、自転車でマラソンに出場はダメだよなあ。
まあ、要はそこが問題なわけで、果たして「チーター脚」を使用すると自身の「健常時」の能力を超える走り方が出来るのか? ということですね。
少なくとも、彼は「チーター脚」により「生きがい」を見つけているのは、事実だと思います。
これを否定するのは、ある意味「非人道的」な選択かもしれません。
(実際にはパラリンピックで金メダルを獲得しているけど)
一つの個人的な「案」として、私が思ったのは『「北京オリンピック」に関しては不問にすべきでは?』ということです。
ルールとして、今この問題に結論を出すとオスカー・ピストリウス氏へ対する「努力」「情熱」といったものが失われるからです。
「参加することに意義がある」オリンピックですから、後付けのルールでその参加を拒否することは「オリンピックの意義に反する行為」だと思います。
ルールの制定には時間もかかります。
少なくとも4年後に向けてのルール制定が必要だと考えます。
問題の方向性は違いますが、ある競技(例えば野球)が「北京オリンピックでは開催しないよ」なんて決定はされないでしょう。
それと同じで、ルールの周知に対しても「ある一定の期間」は必要だと考えます。
また蛇足ですが、義足の発展の確認という意味でも北京オリンピックへの参加は認めるべきでは? と、私は考えます。
(~~)ウ〜ン…
ちょっと感情的な意見かな?
でもオリンピックくらい「感情」が入ってもいいよね? ダメ?
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蛇足の蛇足です。
タイトルの『「ブレード」ランナー』は、ご存じ映画『ブレードランナー』のもじりですね。
映画『ブレードランナー』は、人造人間の反乱を書いた秀悦なものですが、上記記事内容とはまったく違うものなので、その点は理解しておくべきでしょう。
そして蛇足の蛇足の蛇足です。
映画『ブレードランナー』は、SF作家フィリップ・K・ディック氏の作品『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を原作としています(内容が全然別物になっているけど…)
…と、いうことでAmazonの宣伝に繋がるわけです<(_ _)>
